◇檀家制度
一般庶民が自分のお墓を持てるようになったのは、江戸時代末期からと言われています。
江戸時代に庶民が自分の墓を持つようになったのは、徳川幕府が強力に推進した檀家制度と関係が深いと考えられます。
 江戸時代の初め、幕府はキリスト教徒を根絶するため檀家制度というものを作り、切支丹(キリシタン)禁絶政策を立てました。
つまり、百姓、町人すべてに、どこかの寺院に所属する「檀徒」であることを義務づけたのでした。
これは、家族単位で行われたので、檀家制度は寺にとって大変利益のあることで、檀家が所属する寺を「檀那寺(菩提寺)」と呼ぶようになりました。
檀徒一人一人は、寺が作る「宗門人別帳」に記載され、勝手に宗派を変えることは認められませんでした。
幕府は、「宗門人別帳」を国民の管理を目的としました。 現在の戸籍にあたる扱いです。
人々は、亡くなると檀那寺で葬式をあげ、寺院内にある墓地に葬られるようになります。
そして、江戸時代の終わり頃になると、支配階級でない庶民も、石塔墓を寺の墓地に建てられるようになった。
 明治に入り、制度はなくなり、法的拘束力はなくなりました。
宗旨を変え、寺を離れることが自由になったのです。
現在でも、仏式葬儀が主流なのは、この檀家制度の名残です。

◇檀那の語源
旦那=亭主が現在の一般的な解釈ですが、古くは、梵語の「ダーナ」が語源とされています。
ダーナとは、お布施の意味。
ここから、お布施を与える人を差し「旦那」と呼ぶようになる。
旦那とは、当時のお寺にとっては、スポンサーの筋に当たる。
現在でも、商人がお客の事を旦那と呼ぶ習慣も残っている。
また、妻が夫のことを旦那と呼んだり、奉公人が主人を旦那と呼んだり変化をしてきました。
旦那は、正しくは「檀那」と書く。

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